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仙台高等裁判所 昭和41年(う)241号 判決 1969年2月19日

主文

原判決を破棄する。

被告人らは無罪。

理由

<前略>

控訴趣意第一点第一(原判決の判決手続に憲法および法令違反があるとの主張)について。

論旨は、要するに、原審裁判官は、弁護人の弁論および反対証拠を全面的に無視し、反面、行政権力への迎合と盲従をこととし、偏見に捉われ、人権感覚と裁判の独創性を欠如する等その基本的姿勢において反憲法的、反弁論主義的であるから、原判決は、憲法第三一条の適正手続条項ならびに同法第三七条の保障する公平な裁判所の裁判を受ける権利を実質的に奪つた違憲無効な裁判であり、かつまた、原審裁判官は、良心に従つて弁論を検討吟味し、慎重な合議を重ねた上の評決をしておらず、殊に両陪席裁判官は、良心的な審理判断を怠つて、司法行政命令である転勤の命令に服従し、自ら裁判官の独立を放棄したものであるから、原判決は、憲法第七六条第三項の要請する独立性と憲法的良心に適合しない裁判官によつてなされた違憲無効な裁判である、というにある。しかし、原審ならびに当審において取り調べたすべての関係証拠を検討しても、所論のように、原審裁判所が弁護人の弁論および反対証拠を無視し、偏見に基づいて不適当な訴訟手続を行ない、不公平な裁判をした事実は到底認め難く、また、裁判官としての独立性と憲法的良心を放棄して、十分に弁論を検討吟味せず、合議を尽さないまま判決したものとも認められない。もつとも、所論のように、弁護人の弁論要旨の提出時期と両陪席裁判官の転任時期との関係からして、原審裁判所が弁論要旨を検討する時間的余裕は必ずしも十分でなかつたことは窺われるが、原審公判廷において自ら直接弁論を聴取し、その内容を認識していたものと認められる以上、仮に後日提出にかかる、趣旨において同一内容の弁論要旨を改めて逐一検討しなかつたとしても、この一事をもつて、原審裁判所が弁論を無視し、十分な合議を尽さず、良心に従つて審理判決しなかつたものということはできない。それゆえ、原判決には、所論の如き憲法第三一条、第三七条、第七六条第三項に違反した違法はなく、論旨は理由がない。

控訴趣意第二点第三節(本件学力調査反対闘争の経過に関する事実誤認の主張)について。

論旨は、要するに、原判決は、本件学力調査反対闘争の端緒が昭和三六年五月一五日ないし一七日における岩教組定期大会であるとし、また、岩教組は、最初から闘争一本槍で右学力調査絶対阻止を目的としたものであり、県P・T・A連合会の斡旋による五者会談決裂の責任を一方的に岩教組に負わしめる等の事実誤認をしているが、本件学力調査反対闘争の経過に関する基本的認定として、被告人らを含む岩教組執行部は、傘下組合員を動員して本件学力調査の実施を阻止する違法な争議行為を行なわせる闘争方針案を企画し、次いで右企画実現のため右闘争方針案を定期大会、中央委員会等の正式な決議機関に提案し、その決定を経て本件指令、指示を発出したこと、すなわち初めに被告人らの企画があり、組合の決議機関における決定は、組合員を本件学力調査反対闘争に動員する手段に過ぎない趣旨の認定をしているが、右学力調査反対闘争は、文部省ならびに県教育委員会の態度および情勢の推移に対応して発展したものであつて、当初から被告人らの一方的な企画に従つて行なわれたものではなく、その端緒も、昭和三五年一一月文部省が発表した学力テスト構想に対する各方面からの批判ないし非難と職場討議の集積の中でなされた問題提起にあるのであつて、岩教組の定期大会ではない。要するに、本件学力調査反対闘争の経過に関する原判決の認定は、岩教組の組織と運営ならびに本件闘争の流動的に発展する全過程を正しく理解しなかつたため、岩教組全組合員の意思が、度重なる職場討議の集積と民主的な機関決定を通じて本件指令、指示に凝結して行く過程を看過し、右指令、指示の持つ意味を誤認したものであり、その結果右指令、指示の発出をもつてあおり行為に該当すると結論づけるに至つたのは重大な事実誤認である、というにある。

原判決は、先ず岩教組の組織運営の実態を詳細に認定し、次いで本件学力調査反対闘争の経過として、岩教組は、昭和三六年五月一五日ないし一七日まで開催された定期大会で本件学力調査に反対する態度を決定し、右決定に基づき各支部に対し組織内での討論を集積して反対の意思統一を図ることを指示し、これが岩教組における本件学力調査反対闘争の端緒となつたこと、次いで七月一三日における第二回中央委員会で議案第三号「中学校全国一斉学力調査拒否闘争について」を討議して具体的な闘争戦術を決定し、右決定事項を各支部、支会、分会に配布し、さらに九月初旬、日教組第二三回定期大会で討議決定された学力調査反対闘争原案を職場討議資料として各支部、支会、分会に配布するとともに、拡大闘争委員会において右原案を討議し、これに基づいて指令第二号、指示第五号、指令第三号を発し、各支部、支会、分会において各種集会が開かれ、そこでの討議を経て闘争戦術の周知ならびに組合員の意思統一が図られたこと、九月一八日の第三回中央委員会で第三号議決を討議した結果、一〇月二六日前日までの戦術については、原案どおり決定され、一〇月二六日当日の戦術については、執行部原案をA案とし、東磐井支部提案の修正案をB案とし、当日テストが強行された際には、右二案のいずれをとるかは中央闘争委員会に一任する旨決定されたこと、岩教組は、第三回中央委員会の決定に基づき九月二一日指令第四号を発し、具体的闘争戦術を定め、さらに職場討議を重ねて具体的行動を集約せよと指示し、一方では県教育委員会に公開質問書を提出するとともに県民一般への宣伝にも力を入れ、次いで一〇月一〇日の中央闘争委員会でA案を骨子とする最終的な戦術原案を決定し、一〇月一二日の拡大闘争委員会で中央闘争委員を各支部にオルグとして派遣することを決定し、他方県教育委員会に対し本件学力調査の実施を中止するよう集団交渉をしたが決裂するに至つたこと、以上の経過について詳細に認定しているのであつて、本件学力調査反対闘争の経過全体の評価の点はもとかくとして、右個々の事実については、後記の点を除き、原判決挙示の関係証拠によりこれを認めるに十分である。

しかし、原判決は、前記のとおり、本件学力調査反対闘争の端緒は、昭和三六年五月一五日ないし一七日開催の岩教組定期大会であると認定したが、原審公判廷における被告人小川仁一の供述記載、文部時報昭和三五年一一月号「当面する文教政策の重要課題」(証第一、一八四号)によれば、文部省が昭和三一年から行なわれていた抽出テストを廃し、昭和三六年度から中学校における学力テストを全国一斉テストに切り替える旨発表したのは、前記文部時報一一月号掲載の、「当面する文教政策の重要課題」と題する記事であつて、これに対しては、高度成長経済政策のための人材開発を目的とするものであるとして世論の激しい批判を受け、教育関係者の間でも問題となつていたが、日教組においては、同年一二月の第四回全国教文部長会議、昭和三六年二月の第五回中央委員会でこれを取り上げ、岩教組においても同年三月の第六回中央委員会で学力テスト反対の運動を起す旨の決定がなされ、その時点ですでに資料に基づく職場討議が始まつていたことが認められるので、本件学力調査反対闘争の端緒に関する原判決の認定は誤りであり、なお、後記のとおり、一〇月一〇日における中央闘争委員会でA案を骨子とする最終的な戦術原案が討議決定された事実は証拠上認められないので、この点に関する原判決の認定も誤りであるけれども、以上の事実誤認はいまだ判決に影響を及ぼすものとは認められない。

ところで原判決は、結論において、被告人ら岩教組執行部の長期にわたる積極的指導行為により組合員の意思統一が図られ、それが発展して本件学力調査反対闘争という争議行為が行なわれるに至つたのであるから、被告人ら執行部の積極的指導行為こそが本件争議行為の原動力であると評価し、次いで右評価に基づき、集団的違法行為である本件争議行為の責任は、その原動力となつて右争議行為を企画、立案、討議、指令、指示、説得、指導した被告人らにあるとするのである。しかし、本件学力調査反対闘争の経過においてみられる闘争戦術が、前示の如く、たとえ被告人ら岩教組執行部の企画、立案にかかるものであり、それが討議、決定され、実施されたものであるとしても、県教育委員会の動向その他事態の推移に対応して、幾度か資料を配布し、慎重な職場討議を重ねる過程で組合員の意思を汲み取りつつ本件学力調査反対の統一行動を次第に強化、確立し、ついに一部校長を除く圧倒的多数の組合員の支持のもとに最終戦術原案を決定し、これに基づき発出された本件指令第六号、指示第七号に従つて本件争議行為が実行されたものであつて、被告人らを含む岩教組執行部において反対を抑圧し或はこれを無視して一方的に押し切り、全く恣意的に決定実施されたものではなく、すべて岩教組の正規の決議機関に提案し、適法に選出された代議員らの十分な討議を経て民主的に決定されたものであり、組織の意思に基づいて行なわれたものであることは、原判決挙示の関係証拠によりこれを認めるに十分である。もとより、本件学力調査反対闘争を企画したのは被告人ら岩教組執行部であり、その積極的な指導、説得が大きくこれに影響したものであることは否定できないとしても、そのような執行部の企画、立案、指導、説得等の一連の行為は、労働組合という組織体としての団結意思を形成する過程において、したがつてまた、争議行為の目的完遂のために必要かつ不可欠、もしくは通常随伴する行為であつて、これなくしてはそもそも争議行為を行なうことは不可能である。そして、こられ組織体としての団結意思の形成ないし実現過程でなされる行為は、通常執行部等組合幹部によつて行なわれるが、それは、組織上の地位、職責に基づいて行なわれるものであつて、いわば争議行為参加の一態様として評価されるべきものであり、一般組合員によつて行なわれる争議実行行為に比し、争議行為全体に及ぼす影響力の大きいことは否定できないとしても、これら組合幹部の、争議行為に必要かつ不可欠または通常随伴する行為を、争議行為自体と別個に評価する理由はないといわなければならない。結局、本件学力調査反対闘争の経過に関する原判決の事実認定は、その個々の行為については誤認はないけれども、争議行為の実態を正しく認識していないため、その全体に対する評価を誤つたという意味で事実誤認の違法を免れず、かつ右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。論旨は結局理由がある。

控訴趣意第二点第五節(本件指令、指示の発出に関する事実誤認の主張)について。

論旨は、原判決は、被告人ら全員が昭和三六年一〇月一〇日開催の中央闘争委員会に出席し、指令第六号とほぼ同一内容の戦術原案を決定したとし、さらに、同月一二日開催の拡大闘争委員会に出席して指令第六号の発出につき共謀したと認定したが、これを認めるに足りる証拠がなく、また、原判決は、指示第七号の発出に関する共謀の事実を特に認定せず、一〇月一二日の拡大闘争委員会における共謀によつて指示第七号発出の罪責を問うているが、拡大闘争委員会における共謀それ自体を認めるに足りる証拠がない以上、指示第七号の発出について共謀があつたということはできず、仮に拡大闘争委員会における指令第六号発出に関する共謀が認定できるとしても、指示第七号は指令第六号を修正変更したものであるから、右修正と発出につき別個の共謀がなければならないと主張する。よつて、証拠を検討するに、一〇月一〇日中央闘争委員会が開催され、被告人らがこれに出席した事実を認めるに足りる証拠のないことは所論指摘のとおりであり、この点に関する原判決の事実認定は誤りであるけれども、右事実は「罪となるべき事実」として認定されているわけではなく、「本件の背景及び事件発生に至るまでの経過」中の「岩教組の本件学力調査反対闘争の経過」の部分において判示している事実に過ぎないので、右の事実認定は、判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいい難い。

次に、<証拠>を総合すれば、一〇月一二日岩手教育会館に各支部長(気仙支部のみ副支部長鈴木謙夫)を招集し、被告人らを含めた中央闘争委員がこれに参加して拡大闘争委員会が開催され、闘争戦術原案「拡大斗争委員会一〇月一二日」(証第二五八、二五九号)を配布して討議した結果、原案どおり承認され、これを指令第六号として発出することを決定し、併せて中央闘争委員会をオルグとして各支部に派遣することに決定したこと、一方、一〇月一二日行なわれた岩教組と県教育委員会との交渉が決裂するや、同月一四日県教育委員会は緊急市町村教育委員会教育長会議を招集して、学力調査実施についての対策を練り、テスト補充員を大量に動員して強行実施の構えを見せたので、岩教組としてもこれに対応する行動を指示する必要に迫られ、指令第六号の細部指示として同月一八日付の指示第七号を急遽印刷して各支部に発送配布したのであるが、その内容は、九月一八、一九の両日開かれた第三回中央委員会で承認可決された第三号議案を骨子とするもので、基本的には、一〇月一二日における拡大闘争委員会において指令第六号とともに討議決定されていたものであることを認めることができる。それゆえ、原判決が指示第七号の発出に関する別個の共謀を認定しなかつたのは相当であり、この点に関する所論は採るを得ない。したがつて、右指令、指示の発出および趣旨の伝達が地方公務員法第六一条第四号の「あおり」に該当するか否かは別として、右各行為それ自体に関する限り、原判決の事実認定に誤りがあるものとは認められない。論旨は理由がない。

控訴趣意第三点(被告人千葉直、同熊谷晟、同岩淵蔵のあおり、そそのかし行為に関する事実誤認の主張)について。

(一)  被告人千葉直の一〇月一九日の宮野目小、中学校連合分会の集会におけるそそのかし行為について。

論旨は、被告人千葉直は、一〇月一九日の宮野目小、中学校連合分会における集会の席上で、挨拶を兼ね、岩教組と県教育委員会との団体交渉の経過、全国の日教組各組織および岩教組各支部の状況を報告したに過ぎず、特に宮野目中学校長沢田利衛に対し発言したことはなく、まして原判示の如く、本件指令第六号、指示第七号の趣旨の実行方を慫慂した事実はない、というにある。原審証人斉藤正光、同谷藤昌平、同川村晴夫の各供述記載を総合すれば、これよりさき一〇月一八日開かれた稗貫支部幹事会で、本件学力調査に関する県下の情勢を分析し、意見を交換するため各中学校区単位で小、中学校連合分会の学習会を開くことが決定されたので、宮野目中学校分会では一〇月一九日宮野目小、中学校分会を開くこととし、同支部に県下の情勢に詳しい講師の派遣を要請したところ、同支部は執行委員谷藤昌平を派遣することに決したが、たまたま岩教組本部からオルグとして派遣され、同支部に来合わせていた被告人千葉直が情勢に精通し、かつまた谷藤とは師範学校で同級生でもあつたところから、谷藤から講師を依頼されるやこれを承諾し、同人とともに一〇月一九日午後四時四〇分頃宮野目中学校に赴き、午後五時頃から行なわれた宮野目小、中学校連合分会の学習会に臨み、司会者川村晴夫の指名により十数分間にわたり挨拶を兼ねた県下の情勢報告を行なつたことを認めることができる。ところで、原審証人沢田利衛の供述記載によれば、宮野目中学校長であつた同人は、花巻市教育委員会から同年五月二日付文書をもつて本件学力調査の当日たる一〇月二六日の教育指導計画を変更せよとの命令を受け、次いで九月二〇日付のテスト責任者に任命する旨の文書、九月二十九日付の教職員をテスト補助員に任命せよとの文書を受け取つたので、同校長は、これを教育委員会の職務命令と解しテスト責任者を引き受け、本件学力調査当日の教育指導計画を変更した上、一〇月一〇、一一の両日教職員をテスト補助員に任命したところ、一〇月一一日教職員から任命書を返戻されたものの、同校長としては、稗貫郡校長会の申合せに従い、一〇月二六日の調査当日には学力調査のためのテスト(以下単にテストともいう。)を実施する決意を有していたこと、沢田校長は、一〇月一九日開かれた前記連合分会の学習会に出席したが、被告人千葉直は、本件学力調査反対闘争に関する県下の情勢報告を行なつた後、沢田校長に対し「私達の決意」なる文書に署名捺印しない理由およびテスト補助員の任命を早々に行なつた理由について問い質したのに対し、同校長は、稗貫郡校長会ではテストを実施することに決めており、「私達の決意」なる文書に署名しないことを申し合せている旨答えたところ、被告人千葉直は、「校長も組合員であるから、組合の決定に従つて行動をとるようにしていただきたい。」と云つて本件指令第六号、指示第七号の趣旨の実行方を慫慂したことを認めることができる。<反証排斥>。

(二)  被告人千葉直の一〇月二四日の稗貫教育会館におけるあおり行為について。

論旨は、被告人千葉直は、校長会に挨拶すべく熊谷文夫書記次長と後藤修三中委員に案内されて校長会の行なわれていた一階和室に行き、司会者の葛巻校長に発言を求めたところ、臨席の校長数名から秘密会であるとの声がかかつたため、「会が終るまでの間に挨拶の機会を与えてもらいたい。」旨を司会者に告げて直ちに退席したのであつて、原判示の如き発言をしていない旨主張する。<証拠>を総合すると、岩教組稗貫支部では一〇月二四日午後五時頃から花巻市稗貫教育会館二階講堂において、幹事、分会長合同会議を開き、一〇月二三日から盛岡市で行なわれていた県P・T・A連合会の斡旋による岩教組と県教育委員会の団体交渉の結果を待ちながら、県下の情勢を把握し、指示第七号の確認と細部の討議をすることが予定されていたところ、情勢報告、一〇月二四日の県校長会評議員会の経過報告およびこれに対する質疑応答がなされた後、午後七時頃一階和室で再開された校長会に支部執行部が出席するため、幹事、分会長合同会議は休憩に入つたこと、午後七時三〇分頃校長会が秘密会となつたので、執行部は再び二階講堂に戻つて会議を再開し、校長会の模様が報告され、これについて協議した結果、最後まで一致点を見出して教育現場の混乱を防ぐために校長会と話合いを続けるとの結論に達し、午後八時三〇分頃から一階応接室で支部執行部全員と校長会代表宮沢吉太郎、高瀬金之助、葛巻清美、山田実らと会談し、指導要録記入C表作成、テスト用紙学校保管等の諸点について検討したが結論を得られなかつたのでさらに時間をかけて話し合うことにしたこと、一方、校長会は、同日午前一〇時頃前記稗貫教育会館で開かれていたが、当日盛岡市で開かれていた県校長会評議員会の態度が判明するまで休会し、同評議員会に出席した高瀬金之助、宮沢吉太郎両校長の帰来するのを待つていたところ、午後七時頃右両名が盛岡から帰つて来たので校長会が再開され、高瀬校長から県P・T・A連合会の斡旋による五者会談決裂の状況とその後に開かれた県校長会評議員会の経過報告が行なわれたが、それによれば、校長は校長職を堅持して学力調査を実施するということであつたので、協議の結果稗貫郡校長会としては、花巻市教育委員会との間に話し合われた五項目の実施条件をもつて学力調査を実施すべく、同教育委員会と支部執行部を説得することとし、高瀬、宮沢らが校長会を代表して執行部とさらに話合いを行なつたが、結局右実施条件は執行部の容れるところとならなかつたこと、被告人千葉直は、同日午後八時六分盛岡駅発の急行で花巻に赴き、九時頃稗貫教育会館に到着し、夕食をとつた後校長会に挨拶すべく支部書記次長熊谷文夫と中央委員後藤修三に案内され、午後一〇時頃(原判決は午後一時頃と認定しているが、明らかに誤りである。)校長会の行なわれていた一階和室に行つたことが認められる。ところで、その後の被告人千葉直の言動につき、原審証人下河原只行は、同被告人が稗貫教育会館に来た記憶はあるが、校長会には見えなかつたと供述し、同菅原与一郎、同及川尚一は、被告人千葉直は校長会の行なわれていた部屋に入つて来たが、秘密会ということで挨拶をせずにすぐ席を外した旨供述し、当審証人後藤修三は、司会者である葛巻校長が「千葉が話をしたいといつている。」と一同に語つたところ、これを拒否する空気であつたが、高瀬校長が取りなし、発言の機会を別に設ける、といつたので、被告人千葉直は、「それではお願いします。」といつて素直に席を立ち部屋を出て行つた旨供述し、また願瀬金之助の検察官に対する供述調書には、そのとき被告人千葉直があじつた記憶はない旨の記載があるけれども前記証人安藤覚、同沢田利衛、同阿部潔見、同戸来正の各供述記載を総合すれば、被告人千葉は、校長会の行なわれていた一階和室に入つて来て、司会者の葛巻校長に対し発言を求めたところ、同席の校長数名から、秘密会であるから発言させる必要はないとの声が上つたが、同被告人は、そこに集つていた安藤覚外約四〇名の小、中学校長に対し、「事態は非常に悪化している、テストは明日に迫つている、この際校長も組合員の立場で一緒に反対すべきではないか。」「校長も組合員であるから、組合の決定事項に従つてともに協力していただきたい。」旨発言し、本件指令第六号、指示第七号の趣旨の実行方を慫慂したことを認めることができる。<反証排斥>。

(三)  被告人千葉直の一〇月二六日の矢沢中学校におけるそそのかし行為について。

論旨は、被告人千葉直は、原判示の如く、矢沢中学校長宮沢吉太郎に対し再三にわたり「テストには反対である。テストはやめて貰いたい。」旨申し向けた事実はない、というにある。原審証人宮沢吉太郎の供述記載によると、同人は本件学力調査当時矢沢中学校長であつたが、花巻市教育委員会から昭和三六年五月二日付で、一〇月二六日学力調査を実施するにつき当日の教育指導計画を変更せよとの通達があり、次いで九月二〇日付でテスト責任者に任命されたのでこれを引き受け、同月二五日学力調査当時の教育指導計画を変更してその旨同教育委員会に届け出て、続いて同月二九日付きをもつて教職員をテスト補助員に任命せよとの命令を受けたので、一〇月一〇日教職員をテスト補助員に任命し、同月二〇日その旨同教育委員会に報告し、終始本件学力調査を実施する決意を有していた者であるが、一〇月二六日学力調査当日の朝になつて、同中学校教頭佐藤久が教職員のテスト補助員任命書を一括返上するに及んで、宮沢校長は、学力調査を実施すべく再三にわたり教職員の説得に努めたがこれに応じなかつたので調査実施の見通しが全くたたない状況にあつたこと、一方、岩教組本部からオルグとして派遣された被告人千葉直は、本件学力調査実施の決意を有していた宮沢校長を説得して学力調査を阻止する目的をもつて同日午前七時二〇分頃、稗貫支部長佐藤九一、執行委員谷藤昌平とともに矢沢中学校に赴き、その頃から午後三時頃までの調査実施の予定時間中自ら校長室に踏み止まり、宮沢校長に対し再三にわたり「テストに反対する。」といい、同校長から帰つてくれといわれても、「校長がテストを止めないうちは帰らない。」とか「校長、いきりたたないでテストを止めたといいなさい。」などと申し向けて本件指令第六号、指示第七号の趣旨の実行方を慫慂したことを認めるに足りる。<反証排斥>。

なお、所論は、仮に被告人千葉直に前示のような発言があつたとしても、それは、同僚たる組合員に対する闘争参加への呼びかけではなく、本件学力調査実施について教育行政当局の立場にある職制上の管理者たる宮沢校長に対し学力調査の強行実施を止めて貰いたい趣旨の要請をしたにほかならず、これは、組合員対管理者の関係であつて、職場における団体交渉である旨主張するが、校長といえども、等しく岩教組の組合員であり、管理者たる教育委員会の側にある者ではないのであるから、宮沢校長に対する学力調査中止の要請をもつて所論の如く職場における団体交渉であると解することはできず、所論は採るを得ない。

(四)  被告人熊谷晟の一〇月二五日の九戸教育会館におけるあおり行為について。

論旨は、校長がテスト責任者となることは、県校長会評議員会で決定され、組合でもこれを承認した以上、会議の席上、しかも挨拶の上で、被告人熊谷が原判示の如くテスト責任者を返上して貰いたい旨の発言をするはずはなく、事実そのような発言をしていない、と主張する。しかし、<証拠>を総合すれば、一〇月二五日久慈市九戸教育会館において九戸郡校長会の評議員会が開かれ、大川目中学校長成田忠夫外約一五名の小、中学校長が出席し、本件学力調査実施を翌日に控え、調査を実施するか否か校長としての最終的な態度を決定しなければならない事態に立ち至つたが、同校長会に所属する校長の多くは、テスト責任者の任命を引き受け、教職員に対しテスト補助員の任命をしたものの、組合員としての立場から岩教組の指令、指示に従わざるを得ず、さりとて教育委員会の職務命令を無視するわけにもいかないので、調査実施について少なからず苦慮し、去就に迷つていたこと、当日の会議の席上、県校長会の評議員会に出席した小田小三郎校長から一〇月二三、二四の両日行なわれた県校長会評議員会の経過および県P・T・A連合会斡旋による五者会談の経過報告があり、それによると、県校長会としては、校長職を堅持し、テスト責任者を引き受け、学力調査を実施することに決定したということであつたので、協議の結果、九戸郡校長会としても、県校長会の決定の線に沿つて、教育現場の混乱を避けるためテスト責任者を引き受け、学力調査を実施するとの態度を決定したものの、組合員の反対が強く、翌日の調査実施の見通しは極めて困難な状況にあつたところ、岩教組本部からオルグとして派遣された被告人熊谷は、右評議員会に出席して挨拶した後、県下の情勢を報告し、次いで、「皆さんも苦しいだろうが、出来ればテスト阻止に協力して貰いたい。」「組合の方針はあくまでテストを阻止するということであるから、校長はテスト責任者を返上して貰いたい。」旨申し向けて、本件指令第六号、指示第七号の趣旨の実行方を慫慂したことを認めることができる。<反証排斥>。

(五)  被告人熊谷晟の一〇月二六日の夏井中学校におけるそそのかし行為について。

論旨は、被告人熊谷は、夏井中学校長田中市郎に対し、原判示の如く、「テストはこのままやめて貰いたい。」と申し向けた事実はないというにある。しかし、原審証人岡田喜作の供述記載、田中市郎の検察官に対する供述調書によれば、夏井中学校長田中市郎は、久慈市教育委員会から一〇月三日付通達をもつて本件学力調査のテスト責任者に任命され、一〇月二一日教職員をテスト補助員に任命するとともに一〇月二六日の学力調査当日の教育指導計画を変更し、終始これを実施する決意であつたところ、一〇月二五日になつて教職員からテスト補助員の任命書を返上され、かつ他校の模様を打診したところでは、久慈市内の中学校では概して学力調査拒否の線が強いが、実施しそうな中学校もあるとのことであつたので、田中校長は、校長も組合員であるから、他校が調査を実施しないことになれば組合の方針どおりこれを実施しないことにするが、一校でも実施するならば、五教科全部の実施は困難としても、一部なりとも実施したいと考えていたところ、一〇月二六日の学力調査当日の朝早く久慈市教育委員会委員長岡田喜作がテスト立会人としてテスト用紙を持参して来校し、田中校長とともに学力調査を実施すべく努力したが、教職員が同人らの要請を拒否して平常授業に入つたので、調査を実施することができないまま午後二時頃になつたが、田中校長はこの段階でも調査実施を断念せず、一教科でもよいから実施しようと考えていたこと、一方、その頃来校した被告人熊谷は、田中校長に対し、「テストはこのまま止めて貰いたい。」というので、田中校長は、「情報によると条件付でテストを実施している学校もあるとのことだが、われわれも県教育委員会との交渉で出た線で妥結することを期待していた。」旨反論するや、被告人熊谷は、「そのように努力したが、県教育委員会は一方的で譲歩しないため妥結に至らなかつた。日本の教育を支えるため、この際テスト実施をとり止めてくれ。」と申し向けて本件学力調査実施の断念方を説得し、指令第六号、指示第七号の趣旨の実行方を慫慂したことを、認めることができる。<反証排斥>。

(六)  被告人岩渕蔵の一〇月一六日の九戸教育会館におけるあおり行為について。

論旨は、被告人岩渕の発言内容は、県教育委員会との団体交渉の情況報告と、その過程で岩教組の主張した岩手方式の説明、職務命令についての法的見解、処罰の有無についての見込みなどであり、「学力一斉調査阻止運動については万全を期して闘争を成功させてもらいたい。」とか「主体的にこの闘争に立ち上らなければならない。」との発言は、報告を兼ねた挨拶の最後につけ加えた儀礼的言辞であつて、一〇月二六日当日の学力調査業務を拒否せよとの趣旨ではなく、まして原判示の如く「テスト責任者を返上してテスト補助員を任命しないで貰いたい。」旨発言した事実はない、と主張する。しかし、<証拠>を総合すれば、一〇月一六日午前一〇時頃(原判決は午前九時頃と認定したが、誤りである。)から午後四時頃までの間、九戸教育会館で、九戸郡の中学校長全員と九戸支部校長部会評議員会との合同会議が開かれ、軽米中学校長高橋祐平外約五〇名の小、中学校長がこれに参加したが、県校長会評議員会に出席した小田小三郎校長から同評議員会の経過報告があり、これによると、県校長会としては、最悪の事態になつても校長職を堅持し、学力調査を実施することに決定したということであつたところ、右会議に出席していた九戸支部執行部から、この会議は学力テスト阻止闘争確認を目的とした会議であるとして指令第六号、指示第七号について説明をし、これについて質疑が行なわれたが、その席上、岩教組本部からオルグとして派遣された被告人岩渕が、岩教組と県教育委員会との団体交渉の経過報告、岩手方式についての説明を行なつた後「今度の学力テスト阻止闘争は、指令第六号によつてやつて貰いたい。テスト責任者を返上して貰いたい。」とか「校長の皆さんと統一を図り、万全を期してテスト拒否を成功させたいので、皆さんの協力をお願いしたい。」旨申し向けて、校長らに対し指令第六号、指示第七号の趣旨の実行方を慫慂したことを認めることができる。<反証排斥>。

以上の次第で、被告人千葉直、同熊谷、同岩渕の前示各所為がそれぞれ地方公務員法第六一条第四号の「あおり」または「そそのかし」に該当するか否かはともかくとして、右各所為それ自体に関する限り、原判決の事実認定は相当であつて、所論のような事実誤認の違法はない。各論旨は理由がない。

控訴趣意第四点第二節、控訴趣意補充書第四(法令解釈の誤りの主張)について。

所論は、要するに、文部大臣が第一次的な教育課程編成権を有するとし、また、教育委員会および校長が教育内容につき無制約な全面的支配権を有するものとして、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下地教行法と略称する。)第五四条第二項に基づく本件全国一斉学力調査の実施を適法であるとした原判決は、憲法第二三条、教育基本法第一〇条、学校教育法第三八条、地教行法第二三条、第三三条、第四三条第二項、第五四条第二項の解釈を誤つたものである、というにある。

(一)  憲法第二三条と教授の自由

学問の自由を保障した憲法第二三条の規定は、学問の研究活動に対し国家権力その他の社会的諸勢力からの不当な干渉を許さないという国民としての自由権を保障したものであるが、沿革的には、学問の自由は、大学を中心とした高等学術機関を対象とするものであり、そこにおいては、学問の自由即教授の自由として如何なる学説を講義し、教授し、研究成果を発表するも研究者の自由であり、これに対し国家権力等による一切の干渉圧迫を許さないとするものであつた。しかし、学問の自由が大学のみならずすべての学問研究機関に保障され、憲法第二三条にいう学問が一切の学問研究活動を意味すると解される限り、学問の自由即教授の自由であるとし、学問の自由は、すべての場合につき当然に教授の自由をも包含するものと解することはできない。これを小、中学校の下級教育機関についてみるに、そこにおいては、心身ともに未発達で、判断力も十分でない児童生徒を対象として、教育が行なわれるのであり、しかもその教育内容は、国民全般に対して行なわれる公民としての基礎的普通教育(学校教育法第一七条、第三五条)であつて、すべての児童生徒に対し普遍的に妥当する国民一般によつて確認され、是認された国民の文化遺産を教授することを目的とし、その方法も、教材や教科内容において、差等のない、均質の、ある程度画一的な教育が行なわれることが要請されるのであつて、明らかに大学とは教育の本質および性格を異にすることを考慮するならば、小、中学校の下級教育機関における教員の教授の自由が制約されることはやむを得ないものというべきである。もとより教育内容が甚しく画一的、形式的に流れ、そのため児童生徒の自発的、創造的精神の発達を損い、個性に応ずる教育を阻害するような教育方法は、教育基本法の精神に背馳し許されないけれども、義務教育の公共性(教育基本法第六条)からいつても、必要最小限度の公権力による権力的規制は是認されなければならないのである。それゆえ、憲法第二三条に規定する学問の自由は、当然に教授の自由を含むものではなく、下級の教育機関については、そこでの教育の本質上、教授方法の画一化が要求されるため、教授の自由が制約されるとした原判決の解釈は相当であつて、憲法第二三条の解釈を誤つた違法はない。論旨は理由がない。

(二)  教育基本法第一〇条と地教行法第二三条、第三三条、第四三条第二項

教育基本法第一〇条第一項は、「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負つて行われるべきものである。」と規定し、第二項は、「教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない。」と規定する。右教育基本法第一〇条の精神を立法の経過および立法者意思に即していえば、戦前におけるわが国の教育に対する権力的支配への批判として、特に公権力による教育の「不当な支配」を否定し、教育行政の任務とその限界を明らかにして、教育の自律性、自主性が高度に保障されるべきことを明定したものであることは疑いを容れないところである。そして、教育の自主性を侵害する如き「不当な支配」の主体としては、国民の一般意思を代表するものとはいえない社会的諸勢力、例えば、特定の政党、労働組合、ジャーナルズム、宗教団体、さらには個人も考えられるが、戦前の教育行政が内務行政と密着して、教育を国家の統制下に置き、これを支配して来た何人も否定できない歴史的事実に鑑みれば、国家権力もまた多分に「不当な支配」の主体たり得るものといわなければならない。しかし、それが国民の総意を反映された国会において正当に制定された法律を根拠とする行政的支配である限り、これを「不当な支配」であるということはできない。何故ならば、公教育は、国家が国民からその固有の教育権の付託を受けて、国民の意思に基づき国民のために行なわれるべきものであり、これを達成せしめるためには国民の総意を教育に反映させる必要があるのであるが、現にみる如く、価値観の崩壊、分裂により、国民の間に教育理念や目的につき見解の鋭い対立がある場合、国民の一般的教育意思を適法な手続的保障をもつて反映し得るものは、議会制民主主義のもとにおいては国会のみでありそこで制定された法律にこそ国民の一般的教育意思が表明されているものというべく、したがつて、右法律に基づいて運営される教育行政機関が国民の教育意思を実現できる唯一の存在であつて、他にこれに代るべきものはないのであり、他方、教育実施に当る者は、かかる教育行政の管理に服することによつて、国民に対し責任を負うことができるからである。とはいえ、法的根拠を持つ行政的支配ならば、常に適法であるというものではないのであつて、教育の人格的内面性、教職の専門性等教育の本質からして、教育行政の教育に対する介入にも一定の条理的限界があり、いやしくも教育の本質を侵害する如き法的統制の許されないことはもちろんであり、立法上および行政運営上深甚の配慮を要するところである。

次に、教育基本法第一〇条第二項が、教育行政は、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標としなければならないと規定しているところから、同条は、教育の内的事項と外的事項、すなわち教育と教育行政とを区別し、教育の条件整備を教育行政の任務と定め、教育の内的事項への行政権力の介入を排除し、教育の行政力による不当な支配からの独立を規定したものであるとして大幅に教育権の独立を主張する説においては、条件整備の意味を外的事項すなわち教育施設の設置管理、教職員人事、教育財政等と解し、教育行政はそれのみに限定されるものであつて、教育内容については、指導助言と大綱的基準の設定以外介入することは許されないと主張する。しかし、学校教育の公的性格からして、無秩序な自由放任の許されないことは当然であつて、教育目的を遂行するためには教育全般の制度、機構を整備し、その運営を整える必要があるのであり、したがつて、教育基本法第一〇条第二項にいう条件整備とは、教員の固有の権限である教育実施以外の学校施設、教育財政等の物的官理や教職員人事等の人的管理のほか、教育課程の基準の設定、教育課程および管理、教科書その他の教材の取扱等教育内容についての管理運営を含むものと解するのが現行教育法制の実定法規に照らし相当である。すなわち、地方自治法および学校教育法は、学校その他の教育機関と設置者との関係を規定し、設置者たる地方公共団体が学校その他の教育機関を管理するものと定めているが、右にいう管理とは、設置者が教育機関に対する一般的な支配権をもつてその存立を維持し、かつその本来の目的を可及的に達成せしめるために必要と認められる一切の行為をすることを意味するのであり、かくして、教育委員会は、当該地方公共団体の設置する教育機関に対し、一般的支配権の行使として、地教行法第二三条各号に定める区分に従い、施設等の物的管理、職員の人事等の人的管理、教育課程等の運営管理の権能を行使することができるのであり、同法第三三条はこれを受けて、教育機関の管理運営の基本的事項について教育委員会規則を定めることができるものと規定しているのである。次に、同法第四三条は、教育委員会は教職員の服務を監督し、教職員は職務を遂行するに当り、教育委員会その他職務上の命令に忠実に従う義務がある旨規定しているので、職務上の上司たる教育委員会および校長は、必要に応じて所属教職員に対し指示命令をなし得るのである。所論は、教育委員会および校長が教育の内容、方法につき指揮命令することは、教育基本法第一〇条第一項の不当な支配に該当するので許されない旨主張するが、教育委員会は、一般的支配権に基づく運営管理の権能の行使として、校長は、職務上の上司の監督権限に基づき、教育の自律性、自主性を侵害しない限度において教育の内容および方法につき指示命令をなし得るものと解するのが相当である。これを本件学力調査に即していえば、教育委員会は、右学力調査実施のため、校長に対して年間教育指導計画の変更を命ずることができ、さらに校長および教職員をそれぞれテスト責任者およびテスト補助員に任命し、校務として本件学力調査を実施することを命じ得るのであり、校長は、教職員に対しテスト補助員としてテスト補助業務に従事すべきことを命ずることができるものと解すべきである。それゆえ、教育基本法第一〇条、地教行法第二三条、第三三条、第四三条第二項に関する原判決の解釈は、結局において相当であつて、所論の如き法令の解釈を誤つた違法はない。論旨は理由がない。

(四)  本件学力調査と地教行法第五四条第二項

本件学力調査は、文部大臣が教育課程に関する方策の樹立、学習指導の改善、教育条件の整備等に役立てる資料とすることを目的として、中学校生徒の学力の実態を明らかにするため、地教行法第五四条第二項を法的根拠として、「昭和三六年度全国中学校一せい学力調査実施要綱」なる通達により、調査の期日、時間割、教科、試験問題作成方針、実施手続、結果利用方針等を詳細に定め、都道府県教育委員会を通じて市町村教育委員会に対し、右要綱どおり実施の上、これが調査の報告の提出を要求したものであることは、原判決の認定するとおりである。文部大臣が適切かつ合理的な教育行政を遂行するためには、的確な調査、統計等の科学的な資料に基づいて教育行政の対象の客観的な諸条件を正確に把握することが不可欠であるところから、文部省設置法第五条は、教育調査の権限を規定しているほか、地教行法第五三条は、文部大臣が国家事務として自ら調査を行なうか、または都道府県教育委員会に委託してその機関事務として指定事項の調査を行なわせることができるものと定め、さらに、同法第五四条第二項は、文部大臣は、教育委員会に対し、教育委員会が地方事務として自ら行なつた調査の報告の提出を求めることができる旨規定している。そして右調査は、他の実質的権限を行使する前提として、教育行政の対象を認識するために行なわれるものであつて、調査それ自体実質的な意味内容を持つものではないので、その法的性質は行政調査であると解されるところ、行政調査は、もともと教育課程管理等他の実質的権限と競合牴触することがないため、地教行法第五一条による教育行政機関相互の連絡調整、協力義務として、教育委員会は、文部大臣から調査報告の要求を受けた事項につき行政調査を行なう義務を負うとはいえ、文部大臣と教育委員会との間には対等の立場での連絡協力関係があるに過ぎず、指揮命令の関係にあるのではない。したがつて、地教行法第五四条第二項は、本来教育委員会が自主的かつ主体的に実施した調査につき、文部大臣がその結果を利用する機会を与えたもので、文部大臣が指揮命令してこれを実施せしめることはできないものと解される。ところで、本件全国一斉学力調査の実態に即してみるに、文部大臣がこれを企画し、文部大臣の指示を受けた教育委員会がこれを管理し、各中学校において実施するという仕組がとられ、文部大臣が終始主導権を握つて行なわれたものであることは否定できない。おそらく本件学力調査の如く、大規模な、しかも文部大臣が全国的に主導権を握つた形での調査報告の要求は、地教行法第五四条第二項の予想していなかつたところであると考えられるが、それはともかくとして、さらに本質的には、かかる全国一斉学力調査が、前示の行政調査事務の性質を持つものとして、教育調査権の範囲内で行なわれ得るものであるか否かについては大いに問題がある。けだし、右調査は、五教科につき、学習指導要領に対する到達度を全国的水準との比較においてみることを主要な目的の一として行なわれるものとされているが、各教科の悉皆調査は、通常の行政的事実調査とは異なり、必然的に生徒各自の成績評価と密接にかかわりあいのある学力検査としての実質を持ち、教育現場で教師のみがなし得る各教科活動における成績評価と実質上分離し得ない性格を持つものであり、殊に、生徒指導要録の標準検査の記録欄に調査結果の換算点を記録することとしたのは、生徒各自の成績評価との一体化をより決定的にするものであつて、かかる生徒個人の成績評価は正に具体的教育活動に属し、担当教師のみがなし得る事項であり、教育行政機関に許されるところではないからである。それゆえ、文件学力調査は、教育課程に関する実質的権限と不可分に競合する性質を持つため、通常の行政調査権の範囲を逸脱した疑いを否定できないものといわなければならない。

しかのみならず、本件学力調査における試験問題作成権が、原判決のいう如く、学校教育法第三八条により文部大臣に委任されていると解されるか、換言すれば、文部大臣には教育課程の国家基準設定権にとどまらず、教育課程編成権をも包括的に授権されていると解すべきか否かが問題となるのである。教育委員会の職務権限として、地方自治法第一八〇条の八第一項は、「学校その他教育機関を管理し、学校の組織編成、教育課程、教科書その他の教材の取扱及び教職員の身分取扱いに関する事務を行う」と規定し、地教行法第二三条第五号は、「学校の組織編成、教育課程、学習指導、生徒指導及び職業指導に関すること」を定めていることに徴すると、教育課程編成権は、基本的には地方公共団体にあり、その機関たる教育委員会がその事務を管理執行するのであるが、教育課程を具体的に編成するに当つては、教育活動を中心的機能とする学校にこれを行なわせるのが適当であるところから、教育課程編成事務を学校に配分し、学校をして自ら編成した教育課程を教育委員会に届出で、またはその承認を受けさせることとしたものと解される。もつとも、学校教育法第三八条、第一〇六条第一項により、文部大臣は、中学校における教科に関する事項を定める権限があり、これに基づく同法施行規則および学習指導要領において各学校における教育課程についての定めをしているが、これは教育課程の編成そのものではなく、教育課程の基準の制定であつて、文部大臣には教育課程編成権は存しないものと解するのが相当である。したがつて、本件学力調査が文部大臣の作成にかかる試験問題について実施されるべきものとしたのは疑問であるといわなければならない。この点につき、文部大臣は調査の信頼性、客観性を確保するため、調査の方式を定め、これに準拠せしめることとしたに過ぎないとの見解(原審証人今村武俊に対す尋問調書の記載)があり得るけれども、文部省初等中等教育局長内藤誉三郎、調査局長田中彰から岩手県警察本部長宛「捜査関係事項照会についての回答」中「昭和三六年度全国中学校一せい学力調査問題」の内容それ自体に徴し、単なる調査の方式を定めたものとは認め難いので、右見解は採用できない。

以上説示したとおり、本件全国一斉学力調査を地教行法第五四条第二項を法的根拠として実施するについては疑問の点は存するが、それはともかくとして、右学力調査は、各地方教育委員会が主体となつてこれを実施し、もしくは実施しようとしたものであることは、各地方教育委員会教育長名義の「全国一斉学力調査の実施について」と題する通達をもつて管下各中学校長に対しテスト責任者を任命し、校務として本件学力調査を実施すべきことを命じ、また教職員をテスト補助員に任命することの権限を委任し、さらに各教育長名義をもつて一〇月二六日当日の教育指導計画の変更を指示していること、および後記認定のとおり、岩教組各支部の要求により、各地方教育委員会自ら本件調査の実施につき交渉に応じている事実に徴し明らかである。そこで、しからば右学力調査が、各地方教育委員会の自主的判断ないしは裁量の余地の全くない形で行なわれもしくは行なわれようとしたものであるか否かについて考察するに、前記証人今村武俊に対する尋問調書の記載によれば、文部省としては、本件学力調査は地教行法第五四条第二項に基づいて実施されるものである以上、各地方教育委員会が自らの事務として調査を行なうものであり、したがつて文部大臣が調査実施の方法の細部にわたり各地方教育委員会を一々指揮監督したり、これを拘束すべきものではなく、名地方教育委員会の責任と創意においてこれを行なうべきであるとの立場をとつていたことが認められ、また、原審証人工藤巌(第一一回公判)の供述記載によれば、県教育委員会としては、本件学力調査が全国一斉調査であるという趣旨に鑑み、文部省の指示する実施要綱に従つて統一的に行なうのでなければ調査の意味をなさないので、右実施要綱に準拠して本件学力調査を実施しなければならないと考えていたものの、文部省の指示するがままにこれを行なえばよいという消極的態度ではなく、むしろ県教育委員会独自の立場で右調査結果をさらに広くかつ深く分析の上これを活用して岩手県の教育に内在する幾つかの問題を解決する資料にしたいという積極的意欲を持ち、主体的にこれを受け止めていたことが認められる。次に、<証拠>によれば、岩教組は、既定方針どおり本件学力調査の阻止を目指して、県教育委員会の態度その他情勢の推移に対応しつつ本件統一行動を推進して来ながらも、反面、本件学力調査の実施がどうしても避けられない場合には、教育的配慮をもつて、予想される弊害を可及的に是正し、各地方教育委員会と協調しつつ円満にこれを実施すべきであるとの弾力的な態度をもつて臨み、県教育委員会との数次にわたる交渉においていわゆる岩手方式を提示し、一〇月一二日の交渉では、県教育委員会の作成した試験問題と文部省作成の試験問題を生徒に選択させること、テスト結果の処理につき、県教育委員会事務局、岩教組執行部、現場の教師、大学および教育研究所の職員をもつて構成する事後処理委員会を設置することを申し入れたが県教育委員会によつて拒否されたため交渉は妥結しなかつたこと、さらに一〇月二三日の県P・T・A連合会斡旋によるいわゆる五者会談において、岩教組は、(1)教育行政は、教育内容に関与しないとの原則を確認すること、(2)本件学力調査は、学力の評価および標準テストではないことを確認すること、(3)テストは英語を除く四教科とすること、(4)答案用紙に生徒の氏名、番号、学校名、学級名を記入しないこと、(5)C表に記入しないこと、(6)事後処理委員会を設けること、(7)調査結果を生徒指導要録に記入しないこととの七項目を提示したところ、県教育委員会は、右のうち(3)、(5)、(7)についてはこれを了承したが、その余の項目を拒否したため右交渉も決裂のやむなきに至り、次いで県P・T・A連合会から、本件学力調査は、教育諸条件の整備改善の資料にするための調査であつて、生徒や学校を評価するものではないから、答案用紙に生徒氏名、学校名を記入しないことを内容とする斡旋案が提示されたが、結局双方の合意を得られなかつたため妥結するに至らず、次いで県教育委員会において以上の結果を文書をもつて各地方教育委員会に通達したこと、一方、各地方教育委員会は、それぞれ岩教組各支部との間に持たれた交渉過程において、ある程度組合側の要求を容れ譲歩してでも本件学力調査を実施しようと肚を固め、ある地方教育委員会においては、文部省の実施要綱を変更して実施し、ある地方教育委員会では結局実施までに至らなかつたものの、これを変更修正の上実施しようとした事実は証拠上明らかであつて、例えば、原審証人高倉共淳の供述記載によれば、胆沢村教育委員会においては、答案用紙に生徒の氏名を記載しないこと、生徒指導要録にテスト結果を記入しないこと、C表には点数計上必要な限度でのみ記入すること、自校採点をすることの四点について組合側の要求を容れ、右限度で実施要綱を変更修正の上本件学力調査を実施したことが認められ、また、原審証人佐藤良一の供述記載によれば、江刺市教育委員会においても、答案用紙に生徒氏名を書かず、番号を記入すること、C表のうち書きたくない点は記入しなくてもよいこと、採点後答案用紙は学校が保管することの三点につき組合側の要求を容れた上本件学力調査を実施したことが認められる。次に、<証拠>によれば、花巻市教育委員会では、稗貫郡校長会の要望のうち、C表不記入の点を除き、答案用紙および生徒指導要録への生徒氏名の不記入、自校採点、答案用紙の学校保管の点を容れることとし、和賀町教育委員会では、県P・T・A連合会の斡旋案の線までの譲歩もやむを得ないものとし、湯田村教育委員会においては、自校採点と答案用紙保管の点は組合側の要求どおりこれを認め、生徒指導要録への記入は校長に一任し、C表には生徒氏名を書かず、番号を記入してもよいとするなど譲歩したが、右各地方教育委員会では、結局最終的に話合いがつかなかつたため右の各点につき実施要綱を変更修正しないで当初の予定どおり実施しようとしたが、果さなかつたことが認められ、その他<証拠>によれば、久慈市、大船渡市、川井村、大槌町の各教育委員会においても、岩教組各支部との間で行なわれた交渉において、右とほぼ同様の事項につきある程度組合側の要求を容れてでも本件学力調査を実施しようとしたが、右同様の結果に終つたことが認められるである。そして、岩教組本部の統一的指導のもとに行動して来た県下各支部執行部は、それぞれ各地方教育委員会に対する交渉において、右とほぼ同様の条件を提示し、一方、度々地方教育委員会教育長会議を開くなどして県教育委員会の意向を汲み、共同歩調をとつて来たと思われる県下六三の各地方教育委員会においても、おそらく岩教組各支部との間に前記各教育委員会と同様の交渉を持ち、同様の事項につきある程度の譲歩を示した上本件学力調査を実施し、あるいは実施しようとしたものと推認して誤りはないものと考えられる。以上認定の如く、一部の地方教育委員会では組合から弊害是正のため提示された幾つかの条件を受け入れた上、文部省の指示した実施要綱を一部変更修正して本件学力調査を実施し、あるいは実施しようとして最後まで努力した事実からすれば、本件学力調査は、その実態において終始文部省の主導のもとに行なわれたものであることは否定できないとしても、各地方教育委員会においてその受止め方に多少の差異があつたとはいえ、文部省の指示する実施要綱どおり無条件にこれを受け入れ、裁量の余地もなく、自主的判断を全く排除した形で本件学力調査を実施し、もしくは実施しようとしたものではないことが認められるのである。してみれば、本件学力調査は、各地方教育委員会が自らその主体となり、かつ自立的判断に基づいてこれを実施し、もしくは実施しようとしたものであり、したがつて、文部大臣の作成にかかる試験問題については、各地方教育委員会において自主的にこれを承認したものであると認められる以上、試験問題作成権を有しない文部大臣によつてこれが作成されたという前説示の瑕疵は治癒されたものというべく、なおまた、本件学力調査は、地教行法第五四条第二項の予想する通常の行政調査の範囲を逸脱した疑いは免れないとしても、各地方教育委員会の主体的、自主的判断に基づいて実施され、もしくは実施されようとしたものである以上、これをもつて直ちに違法であると断定することはできない。それゆえ、本件学力調査を適法であるとした原判決の判断は、結論において相当であり、なお、原判決が、教育課程編成権は文部大臣に包括授権されているとして、試験問題作成権も文部大臣にあるとした点では、学校教育法第三八条の解釈を誤つた違法はあるが、右違法は判決に影響を及ぼすものということはできない。論旨は理由がない。

控訴趣意第六点第三節(法令の解釈適用の誤りの主張)について。

所論は、本件学力調査は違法であるから、これが実施に関する各地方教育委員会の校長に対する教育指導計画の変更命令、テスト責任者の任命、教職員をテスト補助員に任命せよとの命令ならびに校長の教職員に対するテスト補助員の任命はいずれも違法無効であつて、これらの職務命令は、教職員を拘束しないのであり、かつ教職員については職務権限の独立が保障されているので、教育活動に関しては特別権力関係理論の妥当する余地はなく、したがつて公定力ある職務命令は成立しないから、教職員はこれに服従する義務はない、というにある。しかし、本件学力調査をもつて直ちに違法となし得ないことは前説示のとおりであり、したがつてこれが実施に関する所論職務命令もまた違法無効であるということはできない。地方公務員法第三二条、地教行法第四三条第二項は、教職員の法令および上司の職務上の命令に従う義務を規定しているが、一般に職員が自己の判断により上司の職務命令の違法であるか否かを判断し、違法と判断すれば服従の義務がないということになると、行政機構の組織的一体性が破壊され、行政の能率的機能が停止されることになり、他方、上司の命令は絶対的で、事の如何を問わず必ずこれに従わなければならないすることとは、職員の人間的独立を無視するものであり、自覚的人間を主体とする近代行政組織では許されないところである。したがつて、職員が上司の職務命令を違法であるとして、その命令への服従を拒否し得るのは、一見明瞭な形式的適法性を欠く場合に限るべく、実質的な内容に立ち入つて審査しなければ容易に適法か違法か判明しない場合には、職員にその適否を審査する権限はなく、たとえその主観において、職務命令の内容が違法または不当と考えられるものであつても、それが客観的に違法であることが明白でない以上、職員はこれを拒否することができず、ただ職務上の上司に対してこれに関する意見を述べることができるに過ぎないものと解するのが相当である。

本件についてこれをみるに、前説示のとおり、本件学力調査は、地教行法第五四条第二項を法的根拠としてこれを実施し得るか否かについては問題があり、したがつて、これが実施に関する前記各職務命令にも問題がないわけではないが、これらが違法であるか否かは容易に判明し得る事柄ではなく、法律専門家にとつても幾多困難な問題を包蔵しているのであるから、たとえ校長を含めた教職員らにおいてその適法性について疑念を抱いていたとしても、前説示の理由により、右職務命令に対する服従を拒否することはできないものといわなければならない。このことは行政行為の公定力の理論からいつても当然である。すなわち、行政行為が一たん成立すれば、たとえその成立に瑕疵があつても、行政上の争訟の提起によりまたは職権で取り消されるまでは、それが重大かつ明白な瑕疵を帯有しているため無効であると認められる場合を除いては、何人もその効力を否定することはできず、これを承認すべき義務があるのであつて、本件学力調査およびこれが実施に関する前記職務命令には社会通念上重大かつ明白な瑕疵があるものということができない以上、教職員において右職務命令に従う義務があつたものといわなければならない。右と同趣旨に出た原判決の判断は相当であり、論旨は理由がない。

控訴趣意第五点第一章、控訴趣意補充書第六(憲法第二八条の解釈適用の誤りの主張)について。

論旨は、原判決が、地方公務員法第六一条第四号は憲法第二八条に違反しないとしたのは、憲法第二八条の解釈を誤つたものである、というにある。

憲法第二八条は、労働基権、すなわち団結権、団体交渉権および争議権を保障しているが、これは、労働以外にその生存を確保する手段がなく、常に経済上劣位に立つ労働者をして、使用者に対し対等の立場でその利益を主張し、これを貫徹させるため、団結の力を利用した団体行動によつて、適正な労働条件の維持改善、経済的地位の向上を図り、もつて労働者に人間に値する生存を保障し、実質的な自由と平等を確保するための不可欠の手段であつて、憲法第二五条のいわゆる生存権の保障に由来するものである。そして、私企業の労働者はもとより、国家公務員や地方公務員も憲法第二八条にいう勤労者である以上、原則的には労働基本権の保障を受けるべきものであつて、「公務員は、全体の奉仕者」であるとする憲法第一五条を根拠として、公務員に労働基本権を全面的に否定することの許されないことは、最高裁判所判例(昭和四一年一〇月二六日大法廷判決)の示すところである。しかるに、地方公務員法第三七条第一項は、職員が争議行為等をすることを禁止し、また何人もこれら違法な行為を企て、その遂行を共謀し、そそのかし、もしくはあおつてはならないと規定するが、これは明らかに憲法第二八条の保障する争議権を制限するものである。しかし、労働基本権といえども何らの制約も許されない絶対的なものではないのであつて、国民生活全体の利益の保障という見地からの制約を当然の内在的制約として内包していることも右判例の示すとおりである。そして、労働基本権の制約が合憲であるとされる基準は、右判例の示すとおり、その制限が合理性の認められる必要最小限度のものであり、労働者の提供する職務または業務に強い公共性があるため、その停廃が国民生活全体の利益を害し、国民生活に重大な障害をもたらすおそれがあり、これを避けるためその制度が必要やむを得ない場合でなければならず、さらに、労働者の争議行為等に対し刑事制裁を科することは、必要やむを得ない場合に限られ、かつ反社会性の強いもののみを対象とすべきであり、しかも、労働基本権の制限に対しては、これに見合う程度の十分な代償措置が講ぜられていなければならないのである。

そこで、以上の基準に照らし公務員の争議行為について考察するに、公務員の担当する職務は多種多様にわたり、その職種や地位により、程度の差、直接間接の相違はあつても、等しく国民生活全体の利益と密接な関連を有するものであり、したがつて、公務員が争議行為により組織的、集団的に労務の提供を拒否するにおいては、国または地方公共団体の業務の正常な運営を阻害し、その業務の停廃が国民ないしは地域住民の生活に重大な障害をもたらすなど社会公共に及ぼす影響が大きいことは多言を要しないところであり、このことは、国または地方公務員たる教職員についても同様である。けだし、教育公務員は、教育公務員特例法第一条の規定するとおり、「教育を通じて国民全体に奉仕する」ものであり、教育事業、特に公立小、中学校における義務教育は、憲法第二六条が保障する児童生徒の教育を受ける基本権に基づくものであり、かつ教育は、国家の命運にもかかわる重大な事業であつて、国家国民全体の利益と深く関連するものであるから、教員の争議行為により教育業務が停廃するにおいては、直接児童生徒に与える教育的、心理的影響はもちろん、国民および地域住民全体の生活利益に重大な障害をもたらすものといわなければならないからである。

よつて次に、地方公務員法第三七条第一項の定める争議行為等禁止の違反に対する制裁をみるに、同法第六一条第四号は、同法第三七条第一項が地方公共団体の一般職に属するすべての職員の争議行為等を全面的に禁止しているのを受けて、後記のとおりその一部を刑罰をもつて禁止しているのであるが、職員の争議行為等そのものについては、任命上または雇用上の不利益を受けることは格別、これを処罰の対象としていないにもかかわらず、争議行為等の遂行を共謀し、そそのかし、もしくはあおり、またはこれらの行為を企てた者を処罰することとしているのである。しかし、憲法が労働基本権を保障した趣旨、争議行為に対する刑事制裁の緩和という労働法制の歴史的経過ならびにILO七号条約等にみられる労働基本権尊重の国際的趨勢に照らすときは、同盟罷業や怠業のような単純な不作為を内容とする争議行為等に対しては、一般的にいつて刑罰をもつて臨むべきものではないと解するのが相当であり、殊に争議行為等は、労働者の組織的団体の威力を背景とする統一的集団行動であることに鑑みれば、必然的に先ず組合幹部において企画、立案協議がなされ、次いで組織内での討議、決定を経て上部機関から指令、指示が発出、伝達され、さらにその間指導、統制、説得、慫慂が行なわれ、ついに争議行為等に発展するものであり、これらの行為は、いわば争議行為等に必要不可欠かもしくは通常随伴する一連の行為と目されるものであつて、もしこれらの行為をした組合員をすべて処罰するものとすれば、争議行為等の実行行為者を処罰しないとする地方公務員法の趣旨に反することは明らかで、実質的に争議行為等を刑罰の制裁をもつて全面的かつ一律に禁止することとなり、かくては、同法第六一条第四号が憲法第二八条に違反するものといわなければならない。しかし、「争議行為等」およびこれが「遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおり、又はこれらの行為を企てた者」の意義、内容を、後記のとおり、特に違法性の強度なものまたは争議行為に通常不可分な随伴的行為とは認められないものに限定して解釈する限り、地方公務員法第六一条第四号による刑事制裁は、公共の福祉の要請上必要やむを得ないものというべく、かつその刑罰も三年以下の懲役または一〇万円以下の罰金であつて、必要の限度を越えたものということはできないのである。

次に、代償措置について考察するに、地方公務員の勤務条件は法律または条例によりその適正が保障され、職員の給与は、その職務と責任にふさわしいものでなければならず、それは、生計費、国および他の地方公共団体の職員ならびに民間事業の従事者の給与その他の事情を考慮して定めるべく、給与以外の勤務条件を定めるに当つては、国および他の地方公共団体の職員との間に権衡を失しないよう考慮を払わなければならないとされ(地方公務員法第二四条)、 さらに地方公務員に対し争議行為等を禁止したことに対する代償措置として、任命権者から中立独立の人事機関として人事委員会を設置し、これに職員に関する条例の制定改廃についての意見具甲、人事行政の運営に関する勧告、職員に対する給与の支払の管理、給与その他の勤務条件に関する措置要求の審査、判定および必要な措置の実施、不利益処分の審査および必要な措置の実施等同法第八条所定の権限を与えたほか、給料表に関する報告および勧告を行なわしめる(同法第二六条等)勤務条件の適正を保障する機能を営ましめ、他方、職員に対しても、給与その他の勤務条件に関し措置要求をすることおよび任命権者から不利益処分を受けたときは人事委員会に対し審査請求する権利を認めているのである(同法第四六条、第四九条)。もとより所論指摘の如く、人事委員会の行なう勧告および報告の内容が公務員の利益を十分に保護するものとなるためには、職員の利益を代表する者をその人的構成に加えるか、または委員の選任につき職員団体に発言権を認めることが望ましいが、現実にはこの点についての保障がなされておらず、また、人事委員会の勧告は、当局に対して拘束力がないため、当局がこれを実施しないときは、人事委員会としても有効な措置を講ずることができない点で、人事委員会の運営の現状は、地方公務員に対する争議禁止の代償措置としては必ずしも満足すべき状態にあるものということはできないが、勤務条件の適正を確保するために現に果している役割までも否定し去ることはできないのであつて、所論の如く、右制度をもつて代償措置たり得ないということはできないのである。

以上の次第で、地方公務員法第六一条第四号は、前段説示の基準に照らし、憲法第二八条に違反しないものといわなければならない。原判決のこの点に関する判断は、必ずしも正鵠を得たものとはいい難いが、地方公務員法第六一条第四号を合憲とした点では結局相当である。論旨は理由がない。

控訴趣意第五点第二章(憲法第一八条の解釈適用の誤りの主張)について。

論旨は、原判決が、地方公務員法第六一条第四号は、憲法第一八条に違反しないとしたのは、憲法第一八条の解釈を誤つたものである、というにある。

憲法第一八条は、犯罪による処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられないと規定するが、これは、アメルカ合衆国憲法修正第一三条に由来するもので、その沿革から推測されるように、もともと自己の意思をもつて労働関係から離脱できないいわゆる奴隷的拘束からの解放を目的としたものであつたが、奴隷制度の廃止された現在においては、憲法第一八条は、労働者の労働放棄の自由の保障をその重要な理念とするものであり、したがつて、自由意思による労働契約関係にあつても、労働者が単に労働契約に違反して労働力を提供しなかつた場合、雇用上の不利益処分や民事制裁の点はともかくとして、少なくともこれに対し刑罰を科することを禁止した趣旨であると解すべきである。けだし、労働者の労働放棄の自由を刑罰の威嚇をもつて禁止することは、結果において刑罰の威嚇をもつて労働を強制し、通常の苦役であつても、本人の意思に反してこれに服せしめることとなるからである。もつとも、原判決のいうように、公務員は、自己の自由意思に基づいて国または地方公共団体との間に雇用関係を締結したものである以上、所定の手続を経れば、何時でも雇用関係を離脱することができるのであるから、公務員の争議行為を禁止しても、憲法第一八条に違反しないとの見解があるけれども、それは、論旨も指摘するとおり、労働契約上における労働者の退職の自由は、使用者の解雇の自由に対応することをいうに過ぎず、問題は、労働者の労働放棄の自由を、刑罰を科することによつて、禁止することが、結果において刑罰の制裁をもつて労働を強制することにならないか否かの点にあるのである。そして、憲法第一八条の保障する強制労働の禁止、意に反する苦役からの自由は、人身の自由にかかわる権利であるから、基本的人権と国民生活全体の利益の保障との調整原理としての公共の福祉の要請に基づいて争議権を制限し得るのは、さきに憲法第二八条の問題で説示したと同様の基準に照らして判断すべきものである。そうだとすれば、労働者個人の労働放棄はもちろん、統一的、団体行動としての争議行為のうち、争議行為に必要不可欠かもしくは通常随伴すると認められる行為の遂行を共謀し、そそのかし、あおつたりする行為も、一般的には、争議行為それ自体と同様、これに刑罰を科することは憲法第一八条の趣旨からしても許されないと解するのが相当である。しかしながら、地方公務員法第六一条第四号に規定する争議行為等の遂行を「共謀し、そそのかし、若しくはあおり、又はこれらの行為を企てた」者の意義、内容を後記のとおり、争議行為に必要不可欠かもしくは通常随伴する行為のうち、特に違法性の強度なもの、または随伴的行為とは認められないもので、公共の福祉の要請からして許されないものに限定して解釈する限り、これらの行為を処罰する地方公務員法第六一条第四号は、憲法第一八条に違反するものではない。原判決が憲法第一八条の解釈について示した見解に首肯し難い点はあるが、地方公務員法第六一条第四号を合憲であるとした点では結局正当である。論旨は理由がない。

控訴趣意第五点第四章、控訴趣意補充書第六(憲法第三一条の解釈適用の誤りの主張)について。

論旨は、地方公務員法第六一条第四号は、刑罰規定としての構成要件が著しく不明確であり、かつ憲法的正義に反し合理性を欠き、憲法第三一条の法の適正条項に違反するものであるのに、これを合憲とした原判決は、憲法第三一条の解釈を誤つたものである、というにある。

憲法第三一条は、法の適正手続を保障したものであるが、特に刑事裁判においては、国家刑罰権の存否ならびにその範囲を確定するものである以上、そのあり方は、直接国民の人権を左右するものであるから、罪刑法定主義の原則を確立するとともに、刑事実体法においては、構成要件が漠然として不明確であつたり、拡大解釈の可能性があつてはならず、さらに刑罰法令が国民にとつて行為規範であることからすれば、通常人にとつて、何が犯罪として禁止され、これを犯せば如何なる刑罰を受けるかが、罰則規定自体から容易に認識することができなければならず、かくて裁判を受ける国民にとつても、明確性の原理は重要であるのみならず、それが合理的であり、行為類型が全憲法秩序の中で可罰的価値を持つものでなければならないことは所論のとおりである。これを地方公務員法第六一条第四号についてみるに、その構成要件たる「共謀」、「あおり」、「そそのかし」、「それら行為の企て」の解釈が区々に分れており、その解釈に困難を伴うことは否定できないとしても、法律の規定そのものが本来抽象的にならざるを得ないのであつて、具体的事件についてこれを適用するに当つては常に解釈を必要とするのであり、その段階において見解が対立するのはやむを得ないのであつて、その解釈の困難さの故をもつて直ちに不明確ということはできず、今後判例の積み重ねによつて漸次明確なものとされることは、他の刑事実体法における場合と同様である。現に、地方公務員法第六一条第四号にいう「そそのかす」罪の成立要件につき昭和二九年四二二七日第三小法廷判決、地方税法第一二条第一項にいう「煽動」罪につき昭和三七年二月二一日大法廷判決があり、ほぼ確立した判例による解釈が行なわれていることからしても、地方公務員法第六一条第四号の構成要件が所論の如く、著しく不明確であるということはできない。

次に、同条が刑罰法規として、憲法的正義に反し、合理性を欠くか否かについて考察するに、地方公務員法は、前記のとおり、同法第三七条第一項によつて禁止されている争議行為等の実行行為者に対して刑罰を科さないとしながら、その不可罰的とされている実行行為を共謀し、そそのかし、あおりまたはこれらの行為を企てた行為を可罰的違法行為として処罰するものとしているが、これらの行為の特質は、特定行為の実行または実行の決意そのものではなく、実行の着手の段階からすれば、前段階ないし随伴する意思形成への働きかけないしは加工またはそれらの企てといういわば予備以前の行為である。およそわが国の刑罰体系は、犯罪の既遂行為を処罰するのを原則とし、それが未遂の場合には、既遂行為の違法的評価の大きいものに限つて可罰的なものとし、さらに未遂に至らない予備陰謀については、極く限られた違法評価の重大な犯罪、例えば、内乱、外患、殺人、放火、通貨偽造等だけを、各本条の明文の規定をもつて処罰するものとしているのであつて、それらは、いずれもかような例外的取扱いを許容するに足りる合理的理由、すなわち本犯の犯罪行為自体の極めて高度の法益侵害性の故に是認されるのである。しかもそれは、基本行為から独立して処罰されるのではなく、可罰的な基本行為の実行の着手を条件としてはじめて可罰的違法性の判断の対象とされるのである。しかるに、基本行為の実行の有無を問わないで、そそのかし、あおり等の行為を独立の犯罪として処罰しているのは、破壊活動防止法等二、三の例外があるに過ぎない。かようにして、実行行為の前段階的行為たるそそのかし、あおり等を独立の犯罪として認めた地方公務員法第六一条第四号の規定は、刑罰体系上からみて極めて異例のことに属するものというべく、一見刑罰法規としての合理性に疑いがないではない。しかし、右そそのかし、あおり等の意義、内容を後記のとおり、限定して解釈する限り、なお刑罰法規としての合理性を是認することができるのである。

以上の次第で、地方公務員法第六一条第四号は、所論の如く憲法第三一条に違反するものではないので、これを合憲とした原判決は相当である。論旨は理由がない。

控訴趣意第五点第三章、控訴趣意補充書第七(憲法第九八条第二項の解釈適用の誤りの主張)について。

論旨は、地方公務員法第三七条第一項、第六一条第四号は、LLO八七号条約その他の国際法たる勧告に違反するから、憲法第九八条第二項に違反するものであるにもかかわらず、これに違反しないとした原判決は、憲法第九八条第二項の解釈を誤つたものである、というにある。ILO八七号条約(結社の自由および団結権の保護に関する条約)は、わが国において昭和四〇年六月一四日批准され、昭和四一年六月一四日発効したものであるが、同条約は、争議権に関し直接の明文の規定を置かず、採択の当初も、直接争議権の問題を取り扱うものではないと解されていたが、同条約第八条第二項において「国内の法令は、この条約に規定する保障を阻害するようなものであつてはならない。」と規定しており、一方、争議行為が労働者の利益を増進し、かつこれを保護するための通常の手段であるところから、その後ILO結社の自由委員会で、公務員のストライキを禁止することは、右第八条第二項に違反する可能性があるとし、八七号条約も争議権に関係することを明らかにしながらも、「法定の勤務条件を享受する公務員は、大多数の国々においてその雇用を律する法令により、通常ストライキ権を否認されており、この点についてはこれ以上考察を加える理由は存しないと考える。」(第六〇号事件についての第一次報告)と述べ、ストライキ禁止の代償としては、法令の定める勤務条件を享受することだけで十分であるとの考え方に立つていた。その後わが国の日教組、総評等から、地方公務員法によるストライキ権の禁止は、団結権の侵害であるとして、これが廃止を日本政府に勧告するよう申立がなされた結果、ILO結社の自由委員会は、第一七九号事件として審議し、第五四次、五八次報告の中で、ストライキ禁止の代償措置の重要性を確認の上、わが国の地方公務員法上の代償措置は極めて不十分であるとし、地方公務員の紛争処理のため拘束力のある仲裁機構を設置すべきこと、人事委員会の中立性を確保するための措置、委員の任命について関係当事者が平等の発言権を持つことのできるよう配慮すべきこと等を勧告したのである。しかし、地方公務員法における人事委員会は、さきに説示したとおり、争議権禁止の代償措置としては必ずしも満足すべき権能を営んでいないが、その機能を全く欠如しているわけではなく、また右勧告も、わが国の実情を勘案して検討すべきを示唆したに過ぎず、これをもつて憲法上遵守しなければならない確立された国際法規ということはできない。

また、ILO結社の自由に関する実情調査調停委員会がわが国の前記第一七九号事件についてILO理事会に提出したいわゆるドライヤー報告書においても、人事委員会の不完全さを指摘し、制度全般の改正を考慮すべきことを勧告しているが、これまたわが国政府に対する注意の喚起、将来の立法政策の示唆にとどまり、これをもつて確立された国際法規ということはできない。なお、教師の地位に関する特別政府間会議において、ユネスコ、ILO共同作成の教師の「地位に関する勧告」が採択されたが、その第八四項は、「雇用契約および雇用条件から生じる教員と雇用主との間の紡争解決に当るため、適切な合同の機関が設置されなければならない。もしこの目的のために設けられた手段と手続が使い尽され、あるいは当事者間の交渉が行きづまつた場合、教員団体がその正当な利益を保護するため普通もつているような他の手段をとる権利を持たなければならない。」と述べているが、この点につきわが国から「他の団体」とあるのを「通常他の類似の性格を有する団体」とする修正案のほか西ドイツおよびアメリカ合衆国からそれぞれ修正案が出されたが、投票の結果否決され、原文のまま採択されたのである。右の「団体が……普通もつているような他の手段をとる権利」の意義について、ストライキ権を認めることを意味するとの見解もあるけれども、これが採択された経緯等からして、必ずしもストライキ権を認めた趣旨とは解し難く、結局右勧告は、教師の地位についての国際的基準を設定したもので、参加各国における国情に応じ、それぞれ立法措置および現行法の解釈適用により教員の職務の重要性、社会的地位およびこれにふさわしい報酬その他の勤務条件が保障されるよう努力すべき目標を表明したものであり、もとより参加各国は、各自の国情の許す限り、右勧告の趣旨に副うよう努力する道義的責任のあることは否定できないが、勧告はあくまで勧告であつて、法的拘束力をもつものではなく、確立された国際法規ということはできない。

以上の次第で、地方公務員法第三七条第一項、第六一条第四号は、憲法第九八条第二項に違反せず、これと同趣旨の原判決の判断は相当であつて、何ら所論の如く憲法第九八条第二項の解釈を誤つた違法はない。論旨は理由がない。

控訴趣意第六点第二節、第七点(地方公務員法第六一条第四号の解釈適用の誤りの主張)について。

論旨は、被告人らの本件指令、指示の発出ならびに伝達、被告人千葉直、同熊谷、同岩渕の右指令、指示の趣旨の実行力を慫慂した各行為が地方公務員法第六一条第四号にいう「同法第三七条第一項前段に規定する違法な行為の遂行」をあおりまたは、そそのかしたものであるとし、被告人らを有罪とした原判決は、同法第六一条第四号の解釈適用を誤つたものである、というにある。地方公務員法第三七条第一項は、「職員は、地方公共団体の機関が代表する使用者としての住民に対して同盟罷業、怠業その他の争議行為をし、又は地方公共団体の機関の活動能率を低下させる怠業的行為をしてはならない。また何人も、このような違法な行為を企て、又はその遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおつてはならない。」と規定する。すなわち、ここで禁止されている事項は、争議行為、機関の活動能率を低下させる怠業的行為およびこれら二つの行為の企画、煽動等であり、前二者は職員に対する禁止規定であつて、その違反につき罰則の定めはないが、最後の行為は、職員のみならず第三者に対しても禁止されており、かつこの違反に対しては、同法第六一条第四号により刑罰が科せられているのである。そして、争議行為の意義については地方公務員法自体で定義づけられていないので、労働関係調整法第七条の規定に従つて解釈すべきものと考えるが、右規定によれば、「争議行為とは、同盟罷業、怠業、作業所閉鎖その他労働関係の当事者が、その主張を貫徹することを目的として行う行為及びこれらに対抗する行為であつて、業務の正常な運営を阻害するもの」とされているので、地方公務員法上における争議行為とは、もとより職員個々の労務放棄は含まれないが、職員の団体がその主張を貫くため、地方公共団体の機関の管理意思に反して、組織的、集団的行動として行なう労務の不提供等であつて、その結果当該地方公共団体の業務の正常な運営を阻害するものであると解すべきである。ところで、本件学力調査阻止のための統一行動は、原判決の説示するとおり、岩教組組合員が、かねて本件学力調査に反対する意思を表明し、県市町村教育委員会に対しこれを実施しないよう要求するとともに、昭和三六年一〇月二六日に本件学力調査が予定どおり強行された場合は、これを阻止する行動をとることを予め決定の上行なわれた組織的、集団的行動であるが、さきに説示した如く、市町村教育委員会がその監督権に基づき管下各中学校長に対し、テスト責任者として一〇月二六日当日の教育指導計画を変更の上、本件学力調査のためのテストを実施せよとの職務命令を発し、これを受けた各校長は、右職務命令に従い一〇月二六日の教育指導計画を変更の上、当該学校の教職員に対しテスト補助員としてテスト実施補助業務を行なうべき旨の職務命令を発するとともに、自らテスト責任者として学力調査を実施する義務を負い、また、校長から職務命令を受けた教職員は、右命令に従つてテスト補助員として調査実施の補助業務に従事する義務があつたのである。したがつて、一〇月二六日当日の各中学校における正常な業務とは、平常どおり各教科の授業を行なうことではなく、変更された教育指導計画に基づき、本件学力調査のためのテストを実施することであつたものといわなければならない。しかるに、本件統一行動においては、一〇月二六日の当日、大多数の岩教組組合員が、右職務命令への服従を拒否し、学力調査実施のため来校した外来者の教室への立入りを拒否して平常授業を行ない、また、生徒に自習を行なわせるなどして本件学力調査のためのテストを実施すべきものとされた同日の教育指導計画に従つた業務を行なうことを不可能にし、または著しく困難な状態に陥らせたのであるから、本件統一行動は、各地方公共団体の機関たる市町村教育委員会の管理意思に反して行なわれたものであることはもちろん、その結果は、各中学校の業務の正常な運営、すなわち職制に基づく指揮命令に従つた業務の運営を阻害するものであることは疑いを容れないところであるから、これを地方公務員法第三七条第一項の争議行為と評価すべきものである。

地方公務員法第六一条第四号は、「何人たるを問わず、第三七条第一項前段に規定する違法な行為の遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおり、又はこれらの行為を企てた者」に刑罰を科するものとしているところ、「あおり」とは、「煽動」と同義であつて、同法第三七条第一項前段所定の争議行為等を実行させる目的をもつて文書もしくは図画または言動によつて、他人に対し、その行為を実行する決意を生ぜしめるような、または既に生じている決意を助長させるような勢のある刺激を与えることをいうものと解すべきであり、(最高裁判所昭和三七年二月二一日大法廷判決参照)、「そそのかし」とは、同法第三七条第一項前段所定の違法行為を実行させる目的をもつて、人に対し、その行為を実行する決意を新たに生じさせるに足りる慫慂行為をすることを意味し、これにより相手方が新たに実行の決意を生じて実行に出る危険性がある限り、実際に相手方が新たに実行の決意を生じたどうか、あるいは既に生じている決意を助長されたかどうかは問わないものと解すべきである(最高裁判所昭和二四年五月一八日大法廷判決、昭和二七年八月二九日第二小法廷判決、昭和二九年四月二七日第三小法廷判決参照)。しかし、「あおり」「そそのかし」が「共謀」「企て」の行為とともに争議行為等に必要不可欠か、または通常随伴する行為とみられることはさきに説示したとおりであるから、争議行為等それ自体が処罰されないにもかかわらず、これが「あおり」「そそのかし」等の行為を特に処罰すべきものとした合理的理由の存否を、労働基本権を保障した憲法の精神に即して十分に検討吟味しなければならない。

地方公務員法第三七条第一項が、職員に対し争議行為等を禁止し、これら行為を企て、共謀、そそのかし、あおつてはならないと規定しながら、同法第六一条第四号では、争議行為等の遂行そのものを処罰していないのである。したがつて、地方公務員が単に争議行為等を遂行するだけでは、違法行為として民事的制裁を受け、あるいは任命上、雇用上の権利をもつて対抗できないという不利益を受けるにとどまり、刑罰を科せられることはない。これは、さきに説示したとおり、地方公務員も勤労者であり、憲法第二八条により労働基本権を保障されているのであつて、国民生活全体の利益の保障という公共の福祉の要請からする争議権の必要最小限度にしてかつ合理性の認められる制限はやむを得ないとしても、その制限違反の行為に対して刑罰を科することは、争議行為の犯罪からの解放という歴史的経過、国際労働法理、強制労働を禁止した憲法第一八条の趣旨等からして、原則として許されず、殊に同盟罷業や怠業のような単純な不作為に対しては、一般的にいつて刑事制裁をもつて臨むべき筋合ではないこと等を考慮した結果にほかならず、単なる立法政策上の便宜の問題ではないと考えられる。

ところで、争議行為は、集団の組織的行動であるから、そこにその行動の企画、共謀、指令、指示、説得等の行為が行なわれるのは当然であるが、これらの行為こそが争議行為推進の主導的、積極的活動であつて、これらの主導的行為を特に取り上げて禁止するとともに、これについてのみ刑事責任を問うこととしたのが、地方公務員法第三七条第一項後段および第六一条第四号の規定であるとの見解がある。しかし、争議行為は、本来組織的、統一的一連の団体行動であつて、その実態に即してみるならば、社会的現象としての労働争議は、起るべくして起る客観的条件が先行し、さらに主体的条件としては、組織内部において当面の問題について明確な意識を持たしめ、団結意思を形成強化し、その団結意思を組織体として最後まで維持結束し、統一的にこれを実現せしめるためには、まず組合幹部による闘争方針案の企画、立案に始まり、民主的な組織内での自由な討議、討論を経て多数決により決定され、次いで上部機関から下部機関ないしは各組合員に対して指令、指示の発出、伝達となり、その間組合幹部から各組合員に対しまたは組合員相互間の争議行為への参加の呼びかけ、勧誘、説得、慫慂、激励、連絡、通知、情報の交換等が行なわれ、さらに上部機関からの各組合員に対する指揮、統制、流動する情勢に即応した行動規制等の諸々の一連の行為の集積の結果として逐行されるのであつて、これが正に争議行為の通常の姿なのである。このように、争議遂行過程において行なわれるこれら一連の相互に関連し合う行為は、一般的にいつて、争議行為が集団性をその本質とする以上、これに不可欠かまたは、通常随伴する行為であつて、特異な現象ではない。しかるに、これらの行為も、一般的定義に従えば、企画、立案、討議、決定が「共謀」となり、指令、指示の発出、説得、慫慂、通知、連絡が「あおり」「そそのかし」に該当することになるのであろうが、争議の実態からするならば、争議行為の実行行為者である大多数の組合員は、その関与の仕方において、「共謀」、「あおり」、「そそのかし」等のいずれかの行為をしたことになり、これらの者すべてが積極的に争議行為を指導した者として処罰されることとなり、かくては、地方公務員法が争議行為の実行行為者を処罰しないものとした趣旨が全く没却されてしまい、実質的には、刑罰をもつて全面かつ一律的に争議行為そのものを禁止する結果となるのである。

次に、原判決および検察官の如く、争議行為という組織的、集団的違法行為においては、組織指導者の共謀、教唆、煽動の行為は、争議行為の原動力となり、これを誘発する影響力と危険性において、争議行為に参加した個々の実行行為者の行為とは、その可罰的評価を異にするので、集団的違法行為の責任は、その原動力となつてこれを企画、立案、討議して指令、指示、説得、指導した者にあるのであり、したがつて、これを処罰すれば、集団的、組織的な違法行為の実現を防止することができ、争議行為の実行行為者を処罰する必要はないとするところに地方公務員法第六一条第四号の合理的根拠が存するとの説がある。しかし、争議行為は、組織的、統一的意思に基づく団体行動であつて、各組合員による民主的な討議討論を経て、多数決により決定されたところに従つて実行に移されるのが、通常の姿であり、必ずしも組合幹部のみの独断的意思に基づきその意図のままに行なわれるものではなく、時には一般組合員多数の意思により提案決定され、組合幹部は、ただその決定に従つて指令、指示を発出するに過ぎない場合もあり得るのであつて、要は、組織内部における地位、職責に応じて割り当てられた行為を分担し、一般組合員とは異なる仕方で争議行為に関与するのであり、企画、立案、討議、指令、指示、説得その他通常行なわれる指導行為もその職責上当然になすべき行為であつて、その地位からして一般組合員に与える影響力の大きいことは当然であるとしても、広い意味では争議行為参加の一態様としてその遂行と同等に評価されるべきものであり、これを一般組合員の実行行為と別異に評価すべき合理的理由はなく、組合幹部の行為のみが争議行為に及ぼす影響力の大きい故に常に必ず違法性が強く、可罰性があるものということはできない。それゆえ以上の見解にはにわかに賛成し難い。

そもそも、地方公務員法第六一条第四号は、前説示のとおり、争議行為の実行行為を処罰せず、その前段階的行為と目される「共謀」「あおり」「そそのかし」等の行為を処罰の対象とするもので、しかも右の結果相手方において違法行為を実行する決意を生じたか否かおよび実行行為の有無を問うことなく、右行為それ自体を独立して処罰する規定であるが、前説示のとおり、わが国の刑罰体系上、煽動、教唆等の予備的段階にある行為を独立して処罰するのは、実行行為の違法性が特に重大な犯罪類型に限られ、また教唆、煽動、幇助を処罰するのは、本犯が違法行為を実行した場合に限る(共犯の従属性)とされていることを考慮すれば、前記法条は極めて異例といわざるを得ない。それゆえ右規定の刑罰体系上の特異性に着目するならば、これが解釈適用に当つては、特にその合理的根拠を明確にし、憲法の諸規定に適合するものでなければならないことはいうまでもない。そして前説示の如く、労働基本権を保障した憲法第二八条および刑罰の威嚇をもつて労働の強制を禁止したものと解される同法第一八条、争議権を制限するには最小必要限度にとどめなければならず、まして、単純な労務放棄の不作為に対しては民事的制裁を課するにとどめ、刑罰を科せられないのが原則であり、争議行為禁止の違反行為に対して刑罰の制裁をもつて臨むのは必要やむを得ない場合でなければならないこと、その他争議行為の犯罪からの解放という世界労働運動の歴史と刑事制裁緩和という労働法制の変遷等を彼此総合考察するときは、地方公務員法第六一条第四号において可罰的違法性ありとして処罰の対象とされる行為は、前記一般的定義において同号所定の行為に該当するものとみられるすべての行為を含む趣旨ではなく、そのうち争議行為に必要不可欠かまたは通常随伴する行為であつて、その手段、態様において正当性の限界を超えないものと認められるもの、換言すれば、争議行為の遂行と同等の評価を受ける行為は、可罰的違法性がないものとしてこれを除外すべく、独立犯罪類型たる「共謀」「あおり」「そそのかし」等の行為それ自体が、その手段、態様において右の限界を逸脱し、もはや法律上の保護に値せず、刑事制裁を科するもやむを得ないと認められる程度に強度の違法性を帯びる行為に限り、これを処罰すべきものと解するのが相当である。

本件についてこれをみるに、さきに本件学力調査反対闘争の経過についての事実誤認の主張に対する判断において説示したとおり、本件学力調査反対闘争は、被告人らを含む岩教組執行部の企画、立案にかかり、その積極的指導によつて遂行されたものであることは否定し難いけれども、前示の経緯を経て、十分な職場討議を重ねる過程で組合員の意思を結集し、大多数の組合員の支持賛成を得て、次第に強化、確立され、実行されるに至つたものであり、闘争戦術もそれぞれ正規の決議機関に提案討議の上決定され、組織体の団結意思の形成およびその執行として本件指令第六号、指示第七号が発出、伝達されたものであり、また、被告人千葉直、同熊谷、同岩渕は、正規の機関決定に基づき、組織の内部規律に従い、組織体の団結意思の執行として原判決の各説得慫慂行為を行なつたものであつて、中央執行委員の立場にある者としてその職責上通常行なうべき行為であり、かつ右指令、指示の内容および趣旨の伝達ならびに説得慫慂行為も通常の範囲を逸脱する程に激越なものでもない。そして、本件学力調査反対闘争の目的をみるに、現在わが国におけるテスト偏重教育のもたらす弊害については何人もこれを否定することができぬ程に明瞭な事実であつて、殊に文部省の全国一斉学力調査の強行に対しては、教育関係者のみならず言論界も極めて批判的であつたところ、被告人らを含む岩教組の大多数の組合員は、自らの教育実践を通じて、つとに学力テスト体制のもたらす弊害、すなわちテスト準備教育の強化、点取りのための競争、成績主義的傾向の助長、形式的な詰込み教育、児童生徒の人間性の破壊、教育の荒廃等々を認識しており、かかる非教育的な学力テストに反対し、教育を守ることこそ教師に与えられた義務であるとして自らの意思により本件学力調査阻止の統一行動に出たものであつて、政府の文教政策に対する価値判断の当否はともかくとして、少なくとも本件のような形での学力調査を強行実施することは、教師自身はもとより、その組織にとつても極めて直接的な重大問題であつてみれば、これを阻止すべく本件反対闘争に出たことは、その目的において単なる政治目的に過ぎないものということはできず、その態様も、職場を放棄したのではなく、いわば教師本来の職務たる平常授業を行ない、ただ本件学力調査のためのテストを実施しなかつたという不作為に止まり、その結果文部省の企図した学力調査の目的を遂げ得なかつたとはいえ、長期にわたり岩手県の県民生活全体に重大な障害をもたらしたわけでもなく、また、岩教組以外の第三者が参加したものでもなく、その手段、方法としても何ら暴力の行使その他不当性を伴わないことに鑑みると、本件学力調査反対闘争は、地方公務員法第三七条第一項前段の争議行為として民事的制裁は免れないとしても、その限界を逸脱し、刑事制裁を科さなければならないとする程に強度の違法性があるものとは認められない。してみると、被告人らの本件指令、指示の発出、伝達ならびに被告人千葉直、同熊谷晟、同岩渕蔵の説得慫慂行為は、前説示の如く、同法第六一条第四号の争議行為の「あおり」または「そそのかし」に一応あてはまるとしても、争議行為の遂行と同等に評価するのが相当であり、右程度では可罰的違法性はなく、結局同条同号の「あおり」「そそのかし」罪は成立しないものといわなければならない。それゆえ、原判決が被告人らの本件各所為をそれぞれ同法第六一条第四号の「あおり」または「そそのかし」に該当するものとして、被告人らを有罪としたのは、同条同号の解釈適用を誤つたものというべく、かつ右誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決はこの点でも破棄を免れない。論旨は理由がある。

控訴趣意第九点(事実誤認および法令の解釈適用の誤りの主張)について。

論旨は、道路交通法第七六条第四項第二号、第一二〇条第一項、第九号の各規定の構成要件が極めて不明確であるため憲法第三一条に違反するにもかかわらず、これを合憲であるとした原判決は、憲法第三一条の解釈を誤つたものであり、かつ本件当日における原判示源水橋上の状況は、一般通行人に対する関係では何ら道路交通の円滑性を阻害した事実はなく、また、大槌町教育委員会側に対する関係では、本件学力調査の実施をめぐる労使間の折衝で、いわゆる平和的説得であり、労働組合法第一条第二項の正当行為であるから違法性が阻却されるにもかかわらず、原判決が被告人柏の本件所為を前記道路交通法の法条に該当するものとして有罪としたのは、事実の認定を誤り、かつ右各法条の解釈適用を誤つた違法がある、というにある。憲法第三一条は、前説示のとおり、刑事手続の適法性のほか、刑事実体法についても構成要件の明確性と合理性を要求するものであるが、法律の規定は、その性質上ある程度抽象的であることを免れず、これを具体的事件に適用するに当り、その解釈を必要とするのであつて、解釈に若干の困難が伴うからといつて、右規定が明確性を欠くものということはできない。道路交通法第七六条第四項第二号は、「何人も」「道路において、交通の妨害となるような方法で寝そべり、すわり、しやがみ、又は立ちどまること」をしてはならないと規定するが、「交通の妨害となるような方法」とは、交通の状況、道路の場所等を考慮した上で、その形態が社会通念上交通の妨害として認容される程度のものであることを必要とするものと解され、そして右基準に従つて解釈することにより同号の内容を明確にすることができ、かつその内容も合理性を持つものと認められるので、同法第七六条第四項第二号およびその罰則たる同法第一二〇条第一項第九号が、憲法第三一条に違反するものということはできない。この点に関する論旨は理由がない。

ところで、<証拠>を総合すれば、被告人柏は、本件学力調査実施の当日たる昭和三六年一〇月二六日、岩教組の中央執行委員として、学力調査実施の状況把握と岩教組本部、その他の連絡に当るため、岩手県上閉伊郡大槌町立大槌中学校に派遣されていたものであるが、その前日たる同年一〇月二五日、大槌中学校区の組合員らの分会集会で、大槌町教育委員会および同町役場の吏員らが本件学力調査実施のためテスト立会人およびテスト補充員として大槌中学校に来校し、テストを強行するとの情報に基づき協議した結果、学力調査当日これら外来者が大挙して学校内に入れば混乱が起り、教育上由々しい事態を招来する虞があるので組合員らにおいて事前に、しかも生徒の目に触れないよう校舎から離れた場所で右外来者を待ち受け、テストの強行を中止するよう説得するとともに、その来校を阻止することを申し合わせ、かくて、一〇月二六日、被告人柏は、本件学力調査実施のためのテスト立会人であつた同町教育委員会教育長斎藤金之助、テスト補充員であつた同町役場吏員伊藤里見ら一四名が大槌中学校に赴くのを阻止し、テストの中止を説得すべく、岩教組釜石支部副支部長柳田光悦ら約五〇名と共謀の上、同日午前八時頃、同中学校の南東方約二〇〇米の地点、通称松の下地内にある幅員4.3米、長さ四米の通称源水橋上の道路において右斎藤金之助らの一行を待ち受け、同日午後二時頃までの間、約五回、一回宛約一〇分間断続的に人垣を作るなどして道路に立ち塞つて同人らが同所を通行するのを阻止するとともに、本件学力調査の非を訴え、その実施を思い止まるよう極力説得を続け、ついに同人らをして大槌中学校に赴くことを断念せしめるに至つたが、その間何ら暴力等の有形力を行使しなかつた事実を認めるに十分である。そして右証拠によれば、もともと源水橋は交通量の少ない場所で、当日登校する生徒を除けば、さしたる通行人もなく、その間小型自動車一台、家畜保健所へ往復したオートバイ一台、警察官の乗つたオートバイ一台、リヤカーを引いた農婦その他若干の通行人がある程度であつたが、生徒はもちろん、これらすべての者を通行せしめたので、一般通行人に対する関係では、何ら道路交通を妨害した事実のないことが認められる。もつとも、同中学校に赴き学力調査のためのテストを実施する目的で前記源水橋を通過しようとした斎藤金之助ら一四名の前に立ち塞り、ついに同人らをして同中学校に赴くことを断念せしめたのであるから、被告人柏らの右所為は、道路交通法第七六条第四項第二号にいう「道路において、交通の妨害となるような方法で立ちどまつていること」に該当するけれども、その実態は、管理者たる大槌町教育委員会を相手とした本件学力調査のためのテスト実施をめぐる団体交渉であり、町教育委員会側はその実施を求め、組合側はこれに反対してその中止を求めるという暴力等の有形力を伴わない平和的説得行為と認められるのであつて、労働組合法第一条第二項の正当行為として、その違法性は阻却されるものといわなければならない。してみれば、被告人柏の本件所為を道路交通法第七六条第四項第二号、第一二〇条第一項第九号に該当するものとして有罪とした原判決には、同法条の解釈適用を誤つた違法があり、かつ右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるので、原判決中同被告人に関する部分は、この点でも破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて、その余の控訴趣意に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八二条、第三八〇条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に則り当裁判所は直ちに判決することができるものと認め、さらに次のとおり判決する。

被告人らに対する本件公訴事実は、

被告人小川仁一は、岩手県内学校教職員をもつて組織する岩手県教員組合の中央執行委員長、同千葉樹寿は同組合書記長、同千葉直、同佐藤啓二、同熊谷晟、同岩渕蔵、同柏朔司はいずれも同組合中央執行委員であるところ、

第一、岩手県下の各市町村教育委員会が中学校第二、三学年生徒に対する昭和三六年度全国中学校一斉学力調査を実施するにあたり、これが実施に反対し、同組合傘下組合員である市町村立中学校教職員をして、これが実施を阻止する争議行為を行なわしめるため、

一、被告人ら七名は、他の同組合本部役員らと共謀の上、被告人らにおいて、昭和三六年一〇月一三日頃より同月二〇日頃までの間に、同組合西磐井支部長増井嘉一ら各支部長あて、岩手県教員組合中央闘争委員長小川仁一名義の

「一〇月二六日学力調査を行う場合は、全組織力を傾注して阻止せよ。テスト責任者、補助員任命は完全に返上せよ。当日全組合員休暇届を提出し、午前八時三〇分より中学校区単位の措置要求大会に参加せよ。九時五〇分から一〇時の間に学校に到着して授業を行え。」

等と記載した全組合員相結束して右調査の実施に関する職務の遂行を拒否し、その調査の実施を阻害すべき旨の指令書および

「テスト責任者、テスト補助員等の任命を絶対に返上せよ。当日全組合員午前七時中学校区単位に集結し、教育委員会の行動に対応できる体制を確立されたい。早朝テスト実施の任務をもつて来校し、テストに入ろうとする者がある場合には中学校の担任は直ちに生徒を掌握し、授業の体制にうつり教室を防衛する。外来人が教室に入ることを断乎阻止せよ。特に生徒の扱いについては、テストが事実上不可能な状態におくこと。休暇届は一括分会長保管とする。」

等と記載した右指令の内容を敷えん強調する指示書を発出し、右各支部、支会、会分役員らを介し、その頃岩手県一関市外同県各市町村において、傘下組合員である小野寺明治外岩手県下の市町村立中学校教職員約四、三〇〇名に対し、右指令、指示の趣旨を伝達してその指令の趣旨の実行方を慫慂し、もつて地方公務員である教職員に対し争議行為の遂行をあおり、

二、被告人千葉直は、

(一) 同年一〇月一九日頃、花巻市東宮野目第一地割七四番地の二宮野目中学校において、前記組合員である同中学校長沢田利衛に対し、「校長も組合員の一人であるから、組合の方針に従つてテストを実施しないことに協力してくれ、テスト責任者を命ぜられてもこれを返上するようにしてくれ。」等と説得強調して右指令の趣旨の実行力を慫慂し、もつて地方公務員である教職員に対し争議行為の遂行をそそのかし、

(二) 同月二四日頃、同市駅前通三七五番地稗貫教育会館において前記組合員である安藤覚外約四〇名の小、中学校長に対し、「校長も組合員だから、組織の決定に従つてテスト責任者を返上し、テスト拒否にふみ切つて貰いたい。」等と力説強調して右指令の趣旨の実行方を慫慂し、もつて地方公務員である教職員に対し争議行為の遂行をあおり、

(三) 同月二六日、同市高松第五地割四二番地の一矢沢中学校において、前記組合員である同中学校長宮沢吉太郎に対し、「テストは反対である。テストはやめるように。」等と説得強調して、右指令の趣旨の実行方を慫慂し、もつて地方公務員である教職員に対し争議行為の遂行をそそのかし、

三、被告人熊谷晟は、

(一) 同年一〇月二五日、久慈市栄町第三七地割一二〇番地の一二、九戸教育会館において、前記組合員である成田忠夫外約五〇名の小、中学校長に対し、「組合の方針はあくまでテストを阻止するので、校長はテスト責任者を返上して貰いたい。」等と力説強調して右指令の趣旨の実行方を慫慂し、もつて地方公務員である教職員に対し争議行為の遂行をあおり、

(二) 同月二六日午後二時頃、同市夏井町字早坂第三地割二〇番地夏井中学校において、前記組合員である同中学校長田中市郎に対し、「テストはこのままやめて貰いたい。」等と説得強調して右指令の趣旨の実行方を慫慂し、もつて地方公務員である教職員に対し争議行為の遂行をそそのかし、

四、被告人岩渕蔵は、同年一〇月一六日頃、久慈市栄町第三七地割一二〇番地の一二、九戸教育会館において、前記組合員である高橋祐平外約五〇名の小、中学校長に対し、「今度の学力テスト阻止闘争は指令六号によつてやつて貰いたい。テスト責任者を返上しテスト補助員を任命するな。」等と力説強調して右指令の趣旨の実行方を慫慂し、もつて地方公務員である教職員に対し争議行為の遂行をあおり、

第二、被告人柏朔司は、大槌中学校に赴くテスト立会人斎藤金之助、テスト補助員伊藤里見ら一〇数名の来校を阻止しようと企て、同年一〇月二六日午前八時頃より午後二時半頃までの間、上閉伊郡大槌町大槌中学校約三〇〇米手前の通称源水橋上の道路において、前記組合員柳田光悦ら五〇約名と共謀の上、柏ともに人垣を作つて右道路上に立ち塞がり、もつて交通の妨害となるような方法で立ちどまつていた

ものである、というにあるが、被告人らの右各所為は、さきに判断したとおり、犯罪を構成しないから、刑事訴訟法第三三六条により無罪の言渡しをすべきものである。

よつて、主文のとおり判決する。(矢部孝 佐藤幸太郎 阿部市郎右)

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